足尾銅山見学2
【明治大正時代】~機械化の始まり~
足尾銅山の明治大正時代の蝋人形です。
坑夫も機械を使って掘るようになりました。
江戸時代と比べると随分と進歩しました。
「田中正造」です。
足尾銅山鉱毒事件の告発者として有名です。足尾銅山鉱毒事件は、古河財閥の経営する足尾銅山から鉱毒が渡良瀬川に流れ込み渡良瀬川の水が農業に使えなくなったので衆議院議員の田中正造が天皇に直訴した事件です。
(ちなみに銅山のすぐ近くに渡良瀬川が流れています。
実際に行くとよくわかります。。。)
実は今でも渡良瀬川からは一部鉱毒が検出されており、そして今も渡良瀬川は東京都の水源の一つであり、この鉱毒事件は、他人事ではありません。
【昭和時代】~生産減少そして閉山~
機械化によって仕事の効率は上がったかもしれませんが、労働環境的にはそんなに変わんないんじゃないか。。。と思わずにはいられない環境下で蝋人形たちは懸命に働いております。
坑道内にレールを引き台車で銅を運びます。
効率化UPです。
黙々と掘る作業も残っています。
穴掘り用のダイナマイト
運搬夫
本当に辛そうに運んでおります。。。
休憩時間
ボタンを押すと3人の坑夫が話し始めます。
話の内容は
銅山の生産量が減少し、閉山になるんだって。
という話です。
・・・・・・・・栄華の終わりを感じて哀愁が漂います。
坑道内は、これにて終了。
~おまけ~
【賽銭箱発見。】
神社なのかな??
賽銭箱のみ残っていました。
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~最後に一仕事~
出口のところで坑夫が斧で木を削っていました。
私も一緒に削りました。